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最近の思う節 からのレミゼラブル

最近いろんなことに悩む。〇〇の事とか、〇〇のこととか、〇〇のこととか。何でこんなに悩むんだろうって考えた時に、自分が今何をやりたいかってのがわかってないのか、あるいは没頭することがないのか、はたまた、ただの怠け者でぐうたらしてるだけで、だけど、理想はあるから余計にフラストレーションが溜まっているだけなのか、とか、いろんなことが考えられる。理由は一つだけじゃなくて、これら全部ひっくるめて今こうなっているのだろうし、まだ自分が知らないところに理由があるかもしれない。けど、その理由の中でも、この原因を解決したら大方さっぱりするだろうなってのは、あるのだと思う。

 

とかいう話は、今日の昼のお話のことで、今日のブログのメインは、レ・ミゼラブルについてです。

 

というか、レミゼから想起された僕の思いについてです。これを見おわって、一番最初に深く深く思ったことは、今こうやって昔生きた人よりも自分が間違いなく幸せに生きていられるのは、昔生きた人が、汗水流して働いたり、民主主義、自由を目指して命をかけて戦った人たちのおかげなんだなあということです。僕たちにとっては過去のことであまりよくわからないことなのだろうけれど、それでも、間違いなく、そこには、半端じゃない熱意を持って、民衆のことを心の底から愛して、民衆の、人類のことをめちゃくちゃ考え抜いて、信念を持って、間違いなく価値があるそのことに人生を捧げた人間がいるということです。本当に、その時代に、信念を曲げずに生きた人間たちのことを深く考えて欲しい。僕は、このレミゼラブルを見て、めちゃくちゃまざまざと思い描くことができて、そのおかげで号泣してしまいました。だって、彼は、命をかけてたんですよ!!!!!もう一度言います。命をかけてたんですよ!!!!!!!!!もちろん、映画ならではの、素晴らしい演出力の効果もあるのだろうけど、それでも、自分が想起したこの思いは間違いないものなのです。

 さて、そしてしばらくして泣き止んだ後、もう一つのことが頭によぎりました。それは、敵 についてです。例えばフランス革命なら、民主主義を勝ち取るには、それを勝ち取るためにいろんな人が犠牲になりました。でも、それは、革命軍側だけではなくて、敵兵も間違いなく命を捧げて死んでいるのです。その敵兵が、王家側に命を捧げれるのは、単に、上の命令に逆らわないという選択肢を考えるような教育を受けてきてないだけからかもしれないし、家族が王家の人間にとらわれているのか、あるいは、過去に王家側の人間に救われていたり、圧倒的感謝をすべき何かをしてもらっていたかもしれない。いずれにせよ、敵兵だって、根は極悪人ではないのです。というか、この世に、生まれた時から極悪人なんていう人は絶対にいないのです。この、敵側の存在にも少し頭を使ってみると、またいろんな世界が見えてきます。人類というのは、切磋琢磨というか、ちょうどいい言葉が思い浮かばないのですが、こうやって歴史を作り上げて今があるんだなあ、としみじみと思います。 

そして次に思ったのは、どちら側にも、日々の生活に間違いなく、幸せというのは存在していたということです。それは、友人と酒場で語り合った時や、恋をした時、子供が生まれた時、家族でご飯を一緒に食べている時、親子で遊んだりする時、花を誰かに渡す時、仲間とともに家を建てた時、そなへんのおじちゃんと世間話をしてる時。いろんなところに幸せは隠れているのです。これは間違いなく正のものです。(なのに人間は何ですぐ対立するのか!という話をここで持ち出すのはあまりに短絡的すぎるので、今回は省きます)これは、本当にかけがえのないもので、この世で最も価値あるものです。それを、全世界の人間は生み出そうとしなければならないし、みんな今もそれを知らず知らずのうちにか、意識してなのかはまちまちかもしれませんが、それをなしているのです。 ということから、自分も将来なにやろうかなーて考えた時に、今は、やっぱディズニーかUSJかな〜と自分の場合は思います。昔は、医者を目指してて、中学の卒業文集に、かなりアツいものを書いていたのですが、今は医学部にも行ってないし、なんか違う感じがします。でも、間違いなく、医者も人々に幸せを与えれるのは間違いありません。だから、自分に合った仕事で、誰かの役に立てたら大満足なのです。

 

はい、怒涛のごとく書きました。今回も自分の国語力のなさを露呈していますが、いちいち文章見直すのも面倒なんで、このまま投稿します。ありがとうございましたー